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2018年3月11日 (日)

午後2時46分、鐘の音は水面に響く

201139kitajyuttuken
後に「東京スカイツリー」と命名される電波塔の建設予定地が、墨田区内の北十間川沿いに決定されたことは、ジールにとって、幸いでした。               
もし、他の立候補地が選択されていたら実現不可能だった運河船によるツリーの見学クルーズを(高さが東京タワーの半分にも満たない) 工事中の段階から始めました。
やがてツリーは広州タワーの挑戦を超え、2011年3月には、あと一歩でギネスに登録されるまで成長していました。
11日もクルーズを実施しました。終了後、隅田川の上に広がる曇り空がねじ曲がっているように見えたことを今でも鮮明に覚えています。それが天変地異の前兆だとは知る故もありませんでした。しかし、2時46分、強い地震が起こり、巨大な津波が東日本を襲いました。
 
あれから今日で7年がたちます。地震発生時刻、ヤマツピアのニフティ船上でシップスベルが鳴らされました。毎年繰り返してきたこの行為を、ジールはいつまで続けるのでしょうか?何のために鐘は鳴らされるのでしょうか?ただ、叩かずにはいられない、その訳を明確には答えられませんが、ヒントはスカイツリーに求められそうです。
 
7年前、東京では営業自粛という言葉がはびこりました。テレビからコマーシャルも消えました。そんな風潮の中、震災の1週間後、スカイツリーは634メートルの高さに達したのでした。その瞬間から、スカイツリーは世界一の電波塔というよりも、復興への努力を訴える象徴となり(関東大震災や東京大空襲なども含めた)慰霊塔としての役割を担ったように思われました。「東京の経済を停滞させたら被災地を救うことはできない」
ジールは4月よりクルーズを再開しました。
結果、多少なりとも被災地の応援につながったことは事実です。
 
さて、今夜スカイツリーは「明花」と名付けられた色鮮やかなライトアップがなされます。
ニフティから水面を渡っていく鐘の音も年々と明るくなっていくことを信じましょう。希望という波紋が被災地に届きますように。
ジール一同。
画像は2011.3.10十間橋付近のゼンフリート船上より撮影

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