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2018年11月 3日 (土)

幻の忠臣蔵クルーズ

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毎年12月が近づくと話題に上がるのが忠臣蔵です。なぜ日本人は、赤穂事件のことをいつまでも忘れないのでしょうか。 
 江戸時代「仮名手本忠臣蔵」という娯楽作品のため、本来は被害者である(作品上の名前は高師直)=吉良上野介はまったくの悪者にされます。明治時代、天皇の一言で赤穂浪士は英雄となります。
けれど、昭和の戦時になると、日本の軍部は、義士の物語が(天皇への忠義ではなく)赤穂藩主への忠義であったという理由で公演を制限します。
戦後になると、今度はGHQが「仇討ち」をテーマとした作品は占領政策に好ましくないという判断から上演・上映を禁じるのです。
 以上ともかく江戸から昭和にかけて、共通してうかがえるのは「吉良邸への浪士討ち入」を義挙と考えるDNAが浪士ファンの心の中に存在するからだと思います。 
 かたや、忠臣蔵を日本史上「雪の3大テロ」 の一つという評価もあります。忠臣蔵とは、いったいなんだったのか、今年はクルーズという視点から考察できる特別な年です。
 築地市場の移転により、初めて見えてくる忠臣蔵時代の情景。そして亡くなった葉室麟さんの文庫本の一行がキーワードです。
これ以上のネタ披露は、ジールの企業秘密です。 
ヒント:吉良左兵衛近習山吉新八と赤穂の四七人目の浪士寺坂吉右衛門との接点です。

 

byーO

 

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